そろそろ人間ドックで身体の不安を解消したい紺野たち(ソロ)

三十歳は人生の曲がり角――などと世間では言うけれども、二十代の頃はそんなもの都市伝説だと信じていた。
『老い』とは緩やかに訪れて然るべきであり、日頃の生活に気をつけていれば早々酷いことにはなるまい――。
多くの人々がそうであるように、僕も特に意識することなく無事に老いを重ねて、あっという間に三十を過ぎた。
そして――思い知らされた。
三十歳マジ人生の曲がり角。
しかも、曲がり角と言っても緩やかなカーブではない。
ヘアピンカーブもかくやというレベルの明らかにふるい落とす気満々の急カーブである。
それまで緩やかにのんびりと音もなく忍び寄ってきていた『老い』が、三十過ぎた途端猛ダッシュで突っ込んできてマウントポジションからのタコ殴りを敢行してくるなんて、誰が予想できるか。
二十代までは、大きな病気もせず、怪我も数日で完治し、計算力や記憶力も冴え渡り、いくらでも眠れたというのに。
三十過ぎた途端、毎日身体のどこかしらが痛く、小さな怪我でさえ一ヶ月経っても治らず、計算力はガタ落ち、記憶力はゴミクズ、あまつさえ睡眠が浅く長時間眠ることさえ困難になってしまった。
あまりの変貌に絶望しつつ、このままで座して死を待つばかりか、と諦観しながらも、そもそもどうすれば良いのかすらわからず途方に暮れながら忙しい日々をやり過ごしていたところで、不意に印税なぞを頂いてしまった。
正直使い道の決まっていない突然の臨時収入。
このままではいけない! と思い立った僕は頂いた印税を有効活用しようと思い、早速人間ドックに行ってきた。
初印税でとりあえず人間ドック行く系作家はおそらく世界でも稀だろう(ゼロではないと思う)。
もともと個人事業主で健康診断など久しく受けていなかったので色々新鮮だった。
そんなこんなで、ここにレポートを残しておきたいと思う。
現在、自身の健康状態に関して何らかの不安を抱えており、人間ドックでも受けてみようか、と考えている人がもしいるようであれば、少しでも参考になれば幸いである。
一応これでも、医療従事者側の人間なので多少は建設的なことも書けるかもしれない(書けるとは言ってない)。

朝食を抜き、水分も可能な限り摂らないこと、と厳命されていた僕は、早朝から這々の体で病院へと向かう。
何とか病院に到着し、病衣に着替えさせられた僕は早速、身長体重血圧と矢継ぎ早に計られ、それから初めの洗礼とばかりに試験管二本分の血液を抜かれた。
いきなりのボディブロゥに早速ふらふらする。
それからますますふらふらになりながら今度は視力検査。
ここで痛恨のミスだが、まさか視力検査があるとは思ってもいなかったのでうっかり裸眼で行ってしまったのだ。
しかも、そこのランドルト環は昔ながらの上下左右だけのものではなく、イヤらしく斜めにも対応した最新型であり、おまけに貧血で目が霞んでいたことも重なり、さんざんな結果を叩き出してしまった。
あまりにも酷いので看護師さんに、
「紺野さん、大丈夫ですか?」
と真顔で心配されてしまったほどだ。
大丈夫、ただ単純に目が悪いだけなのです。
それから間もなく内科の問診が始まる。
担当医は恰幅の良い女性医だった。
非常に丁寧で好感の持てるドクタで、一週間まえ風邪を引いてしまったことを話すと、内緒でのどの調子も診てくれた。
とりあえず、問診の結果は異常なしということで、僕は次の段階である外科問診へと回される――。

外科問診の担当医は、老練な男性医だった。
実は過去に一度このドクタにはお世話になったことがあり、カルテを見たのか僕のことも覚えてくれていた。
稲川淳二氏に似た正直ちょい怖い印象のドクタだが実際には陽気なおじ様である。
稲川医師(仮名)は、見た目とは裏腹の明るい口調で言う。

「じゃあ、下着脱いで寝台に横向きで寝てください」
「なな何をするんです!?」
「直腸診をします。具体的には肛門に指を突っ込んで中の状態を確認します」
「なんと……! 初めてなので優しくお願いします……!」
「力を抜いて楽にしていれば天井のシミを数えているうちに終わるよ」
「ややいかがわしいように言うのはやめろ!」

反抗したところで良いことなどないので大人しく指示どおり、寝台の上で膝を抱えて横になる。

「じゃあ、いきまーす(ズブリ)」
「おうふ!」
「はい力抜いてー楽にしてー」
「おおう……そうは言われましても……!」
「呼吸を整えよう。はい、ひっひっふー」
「それだと産まれちゃうだろ!」
「大丈夫? 痛い?」
「痛くは……ないですけど……未知の感覚でものすごく気持ちが悪いです……!」
「ははっ、気持ち良かったらそれはそれで問題だから」
「笑うところじゃないんだよなあ!」
「はいちょっと指曲げるよー」
「おほーっ!」
「しかし人間ドックって、お金払ってお尻に指突っ込まれて、散々だよねえ」
「……しかし、それも自分の健康のためならば……!」
「おおっ、えらいね、素晴らしい心掛けだ」
「まさか尻に指突っ込まれた状態で褒められるなんて……!」

なかなか貴重な体験をした。できればもうしたくないレベルの。
幸いなことに直腸診は特に異常が見つかることなく終了した。
その代わり、何かとても大切なものを失ったような気もするが……。
とりあえず、無事に外科問診も終了したので、次のレントゲンへ向かう。
直腸診後からずっと肛門が開いているような、くしゃみでもしようものならそのまま実も一緒に飛び出しそうな妙な感覚に苛まれながら――。

続いて胸部レントゲンと腹部CTと腹部エコーと心電図。
これらは特に何事もなく終了した。
強いて言うなら、エコーの際、腹部に大量の温かいローションを塗りたくられたことくらいだが、すでに数分まえ肛門開通工事を行っている僕には些末事だ。

問題は続けて行われた呼吸器検査。
いわゆる肺活量検査である。
看護師さんに謎の機械を咥えさせられ、

「はい、紺野さん、大きく息を吸ってください! 限界まで! もっともっと! まだまだ吸える!」
「すおおおおぉぉぉぉ……(吸気)」
「一旦止めてっ」
「……っ」
「はい、吐いてください! 限界まで! もっともっと! まだまだ吐ける! ほら吐いて吐いて! もっと! この吐けーっ! 違うだろー!」
「ぶふおおおぉぉぉ……(呼気)」

いったいどんな罪を犯して自白を強要されているのか
酸欠のあまりそんな詮ないことを考える。
ちなみに白目を剥きながら吐ききったところで、何か機械の調子が悪かったらしくてリテイクを要求された。
たぶんこの検査のために、僕の限りある肺胞のいくつかが死滅しただろう。

最後の検査は胃カメラ。
正確には経口内視鏡検査という。
もともと胃が悪いので、恥ずかしながらすでに三度目の内視鏡検査となる。
さて、ここで少し専門的なお話をしよう。
胃の内視鏡検査は、内視鏡と呼ばれる小さな管状カメラを用いて行われるが、その経路は経口(口から)のものと経鼻(鼻から)のものの二種類がある(最近カプセル型内視鏡というのも登場したが割愛)。
一般的には、経鼻内視鏡のほうが咽頭反射が少なく患者負担が減り、経口内視鏡のほうがカメラの性能が良い、というような分け方をされることが多い(正確にはいずれも一概には断じられないが)。
なのでまあ、基本的には受ける側の好みでどちらを選んでも構わない。
特に最近は、鎮静剤を併用することでほとんど眠った状態で検査を行ってもらえる場合が多い(セデーションという)ので、いずれも苦痛は少ないはずだ。
鎮静剤(ベンゾジアゼピン系)にアレルギィがなく、かつ鎮静剤の知識が豊富なドクターであれば、多少お金は掛かるが、セデーションをやってもらうことはメリットが多い(デメリットもあるのでそのあたりも含めてお好みで)。
さて、話は戻って、今回は経口内視鏡。
鎮静剤でサクッと思考を奪われ、次に思考を取り戻したときには検査が終了していた。
興味深いのは、このとき眠っているわけではない、ということ。
思考は覚束ないものの、意識はありドクターの指示にはしっかりと従うことができる。
が、終わったときその過程の記憶がまったく失われているのである(前向性健忘という)。
正直少し怖いがこればかりは致し方ない。苦しいよりは苦しくないほうがいいのである。
ちなみに鎮静剤を使用したあとは、薬が完全に切れるまで意識が朦朧とするので小一時間ばかり別室のベッドで休憩を言い渡される。
が、ここで紺野の特異体質が発動するが、実は紺野、薬物代謝がやたら早い体質であり、検査直後でもわりとケロッとしている。
なので検査後の休憩は、ずっと別室のベッドで一人、電脳少女シロ様の動画を見て過ごした。

以上で全検査終了である。
自費でやたら高い代金を支払い、病院を出たら早速昼食を摂り、午後からは何事もなかったかのように出勤である。
初めての人間ドックで不安は多かったけれども、検査自体は滞りなく済んで良かった。

さて、約一ヶ月後。
検査結果がまとめて郵送されてきた。
結論から言うと、特に大きな病気はなかった。
強いて言うなら、食道裂孔ヘルニア(本来横隔膜の下に収められていなければならない胃の一部が、横隔膜上部に飛び出る特異体質)と、十二指腸炎が指摘されたが、いずれもわかりきっていたことなので問題はない。
十二指腸炎はなかなか治らないのである。
ちなみにこれは医療雑学だが、よく言われる胃痛において、食後に痛むのが逆流性食道炎、空腹時に痛むのが胃炎や十二指腸炎であることが多いので鑑別にどうぞ(絶対の判断基準ではない)。
大きな病気がないのがわかったのは、非常に喜ばしいが気になる点もいくつか。
血液検査と尿検査の結果が怪しい。
血液検査では、腎機能と肝機能の数値が基準を超え、尿検査では尿潜血がわずかに認められた。
いずれも疾病の指標に用いられる数値ではあるが、ちょっとしたことで影響が出やすいこともあり、それほど深刻な問題ではないが気掛かりではある。
よしんば何らかの軽微な腎障害肝障害が起きているとしても、腎機能肝機能は、日常生活で気をつけることで改善されることが多いので、尚のことそれほど心配することはない。
ただ、僕は酒も煙草もやらず太っているわけでもない上にこまめに運動もし、あまつさえここ一年ばかりは塩分にさえ気をつけ始めていたので、正直もうこれ以上日常生活で気をつけることはないのだ。

それでも数値が悪いってどうなんだよ……僕、死ぬのん……?

そんな言いしれぬ不安を抱いた人間ドックだった。
とりあえず、再検査は来月。人間ドックはまた来年行きたいと思う。

皆さまも健康には十分お気をつけください……。

カレンダ

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